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ロンリーナイト

年齢イコール彼氏いない暦な腐女子のひとりごと

 

せんじつ、会社を辞めたいが辞め辛い(意訳)という旨のエントリを書いたが、じっさい、辞め辛い理由のいちばんは「この先の未来がわからない」ことではないか、と思う。

 

私はそもそもぐうたらな人間で、出来うることならば、仕事もせず、食事もとらず、永久に眠るだけの日々を過ごしたいと思っている。
そんな人間なので、もちろん仕事がきらいだ。外に出たくない。

だから、会社を辞めたら、しばらくはゆっくり休む時間を取ろうと思っている。
この数年、引きこもりたい自分の気持ちに鞭打って働いてきたので、心が根を上げている。
すこしリフレッシュできればなと、思うのだ。

 

しかしそれを許さないのは己の内面の現実的な部分である。

 

ぐうたらな人間だが、そのわりにわたしは現実主義者だ。
空想というか、妄想というか、毎日のようにアイドルになってステージで歌い踊る想像とかをして生きているが、それが現実に起こらないことは十二分に存じ上げている。
だって自分はかわいくない。
運動神経もよくないし、なによりもうそこそこのイイトシである。
もちろん、そればかりが理由のすべてでもないけれど、「毎日のように想像してしまう」ものでも、理性的にきちんと否定ができるのだ。
それは、まあ、誰しもがそうだろう。

だから、今回の件についても、「ゆっくり休んでいるあいだ、お金は?」と現実的なことを考えてしまう。
そうなると、「やっぱり辞めないで勤めていたほうが身のためなのでは」とか、引き返す方向に思想が進む。


「ここからが新たな夢なんだ、やりたいことやろう」と思っても、上記のアイドルの例えのように、必ず自分がそれを否定してしまう。

 

作家にもなりたかった。でも、そんなに面白い話が思いつくわけがない。

占い師に憧れていたりもする。でも、そんなスピリチュアルなもの、どうやって身につけられるんだ。

マニキュアやネイルも好きだ。でも、わたしは手先が器用じゃないし。

ほんとうはデザイナーになりたかった。でも、賃金低そうなイメージなんだよなあ。

 

じゃあなにならいいんだ、ってなると、「今の業種」なので、そういった求人を探す。
いまより大変そうなところ。すこし条件がいいが、勤務地が遠いところ。パーフェクトな求人というものはない。
それを見ているとげんなりしてきて、夢も希望も、やっぱりなくなってしまう。
それだったら苦労して辞めて、苦労して就職する意味ってなんなんだろう、と感じる。

 

辞めてゆっくりしているうちに「やりたいこと」が見つかって、「それを否定しない心」がうまれるかもしれない。

そう願っていちおうは退職を願い出てみるつもりだ。

もっと門出だとか、そういった気分になりたかったのだけれど、いまはただただ、重い荷をおろしたいという気持ちでしかない。

この先に幸せは、夢は、わたしの未来は、あるのだろうか。