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ロンリーナイト

年齢イコール彼氏いない暦な腐女子のひとりごと

おのれの闇を語る

昨夜、闇を駄々漏れさせたブログを更新したので、ついでにおのれの闇について考えていた。
といいますか、「適応障害」や「ストレス」関係の本を読んでいたらば、そういった「育ってきた環境」なども大事だとあったので、色々思い返さざるを得なかった、というか。

 

親にとくべつ可愛がられなかった、という記憶はない。
今も仲良し家族だし、東京から引き上げて親と暮らしたい気持ちはいつまでも色あせない。
私が親ばなれできず、かなりファザコンをこじらせている一方、弟はかなりドライである。
LINEしても返事がないし、家族LINEでも唯一発言しない。
弟から電話の連絡を受けたことは、人生でただいちどだけだ。

そんな弟であるが、ちいさいころはすこぶる身体がよわかった。
しょっちゅう風邪を引くし、アトピーはすごいし、当時ちいさかった私にはなにやらよくわからないような病気をたくさんしていた。
いっぽうの私は健康きわまりない優良児であったので、弟が体調をくずすたび、母が弟につきっきりになるのは、まあ、そりゃそうだろうなあと思っていた。
祖母のところに預けられたことも、何度かある。
当時からひとみしりがちで、それが結構苦痛だった覚えはあるのだが、しかし祖母もやさしいひとで、孫が寂しくないよう、お散歩に連れ出して虹を見せてくれたり(この記憶、いまだに鮮明にある)、だいすきなセーラームーンのCDを買ってくれたり、色々してくれた。

そんなわけで、弟に母を取られたわけだが、寂しかったか、といわれると、いまいちピンと来ないのがしょうじきなところだ。
やはり私は寂しさとは無縁のこどもだったのかもしれない。



が、しかし。
同時に覚えているのは、自分はいつまでも指しゃぶりのクセが抜けなかったこと。
これ、自分でもず~~~っと忘れていたんだけれど、先日友達に「私ちいさいころ人の耳を触るクセが抜けなくてさ~!」と話したところ、「指しゃぶりのクセもなかった?耳触る子って、そういう傾向あるらしいよ」と言われ、そういえば…!!!となったのだ。

指しゃぶりって、なんとなく「寂しい子」がするイメージがあった。
ので、ググってみたら、やっぱりそういう傾向があるようだった。

私が指しゃぶりをしていたのは小学校の一年生ぐらいまでで、くわしい事情はあんまり覚えていないけれど、なんだか漠然と「学校」がふあんで、いやで、おうちに帰りたかった記憶がある。


家に帰りたかったぐらいなので、やっぱり家の中に不満や寂しさはなかったのかもしれない。
となると、学校がいやだったのだろうか。

 

そう考えると心当たりがある。

私は根っからのオタクなのだ。

 

わたしの同級生たちは、けっこうマセた子がおおくって、小学生ともなると「アニメなんてダサイ」という風潮だった。
なんなら幼稚園にしてすでに「セーラームーン(笑)」みたいな子がわんさかで、みんなディズニーとか、そういうアニメーションのほうが好きだった、気がする。

そんななか、私と来たら筋金入りのオタクなのである。
セーラームーンとか、当時でいえばセイントテールウエディングピーチ。女の子向けのアニメだけじゃなくて、弟が好きだったポケモンなども。
もう少し大きくなってくると、カードキャプターさくらミルモでぽん、とっとこハム太郎
このへんだけなら「女児向け」なんだけれど、私の場合は、そこに魔法陣グルグルまもって守護月天スレイヤーズのような作品もけっこう見ていて、大好きだった。


幼稚園の時代からすでに「アニメを見る=異端」な風潮のなか、そんな子がいたらどうなるかというと、すなわち迫害である。

 

とはいえ、表立った迫害…いわゆるイジメは受けなかった。
ただ、質問されるのである。
たとえば、女子のなかでもいちばんの権力者の子が、「私のこと好き?」と書いた手紙を授業中にまわしてくる。
ここで「嫌い」なんていえるわけもないので(正直なところをいえば「お前なんて知らん」といった気持ちだったが、もちろんそれもいえるはずがない)適当に「好きだよ」と返して送る。
すると、次の休み時間、権力者および取り巻きたちがこちらを見ながら聞こえよがしに「スキだって~」「無理しちゃって~」「すなおに嫌いって書けばいいのに!」とプークスクスしてくるわけである。

これは一例なのだが、こんなかんじで、「こちらに質問して、その回答がなんであれ小ばかにする」という動きが強かった。
これは私だけではなく、同じクラスの子であれば、いわゆる“陰キャラ”の子や、また強いグループに属している子でも時折裏切りを受けて、その被害に遭っていた。
(他のクラスではどうなっていたかは、私にはわからないが、少なくともわが三年四組はそうだった)

つまり私だけじゃないというのはわかっているのだが、思い返せばこの迫害が私のなかの「否定」として強くこびりついている。

なにをやっても笑われ、否定されてしまう、そんな気持ちはいまも強い。
はじめてアルバイトしたとき、みずから仕事を探して動くことが出来ず、居心地が悪くて震えていたことは、いまも覚えている。
あれは単なる人見知り、気が弱いだけで処理していたけれど、そうなった理由を根本的に紐解いていくと「なにをしても笑われる」という小学校時代のトラウマだったのかもしれない。

 

適応障害」について色々調べているうち漠然と気付き、そして今まで友達や先生、上司からも何度か指摘されていたのだが(そのときはピンと来なかったのだが)、どうも私は“自己評価”がかなり低いらしい。
なにか失敗したり、なにかうまくいかないこと
この自己評価の低さについても、このいじめというほどでもないけど漠然と陰湿な仕打ちによって出来たのかもしれない、と思う。
だって何しても一笑されていたら、そら自分のことを価値ある人間だとは思えなくなる。

素人考えだけど、ここで家族がもっと愛情深ければよかったのかもしれない。
やっぱりこの時期、弟は病気がちでいつも休んでいて、手のかかる子だった。
私が構って構ってとまとわりつくわけにもいかないし、なにより、学校でちょっとひどいことされたんだなんて恥ずかしくって言えるわけがない。
 
こういう一連が私をだめにしたのかな~、と、少し思う。

 

そして、書いていて思ったけれど、全部過去にしてしまえればいいのに、わたしはまだ、けっこう引きずっている。

だから、友達で元陽キャというか、はなやいだ学園生活を送っていそうな子を見ると、けっこう怯えてしまう。
友達で、そういう、学校の話になるまではなんでもなく付き合えていたのに、「元テニス部」とか言われてしまうと、エッ…と、驚いたのちに、とつぜん怯えがやってくる。
テニス部とか、バスケ部とか、そういう子は、私たちをゴミのような目で見てきた人種ではないか。
なにゆえオタクをしているのか。
オタクの子とはすべからく迫害の経験を受けて生きてきたと思っていた。
けれど、そうではないらしい。
それどころか、ふつうに生きてきた子もいるらしい。

環境の違い、といえばそれまでである。
私の場合は特にオタクを良しとしない同級生が多かっただけのことだと思う。
実際、いじめというほどのいじめは受けていないので、そこまで怯える理由もない。

なんだけれど、こういういじめとか、軽くばかにするような風潮って、やった側は忘れていたりするものだから、もしかして…とか思ってしまう。失礼なんだけれど。

 

これは被害妄想はなはだしい話だけれど、そうなるぐらいの被害を受けて育ってきたのだ。オタクといういきものは。

予断だけれど、私を迫害して生きていた野球部の男子をmixiで見かけたとき、「アニメ最高!」みたいなプロフィールをしていて、ほんとに、人のことオタクだといじめておいて今更なにを…!?と激しい怒りに打ち震えたのも覚えている。

 

やっぱり、こうやってかなり根に持っていて、いまだに「あのときのクラスメイト、全員殺す」ぐらいの強い感情を覚えることもあるので、このあたりの学園生活がいまのコンプレックスというか、ナチュラルに自分を卑下して生きている理由なのかもしれない、と思った。

 

どうでもいいんだけれど、ウワサによればこのごろの若い子はボカロとかラブライブの流行でオタクであってもそんなに迫害はされない、という話をきいて、喜ばしいことだなあと思った。
それでもやっぱりあまり気の小さい、暗いタイプの子はどうしてもこういった被害に遭いがちなんだろうけれど。

まあ、これをバネにする、ぐらいの気持ちで生きていくしかないのだろうなあ、と思うこのごろであった。